2012年3月25日日曜日

アイデアを明確にすることの重要さ: 論文執筆等のポイント

 私は研究者であり,論文を書くこと,研究をすること,学生を教育すること,(研究を持続的なことにするために)プロジェクト提案書を書くこと等が主要な仕事である.それぞれ別途な仕事に見えるが,最もコアな部分は一緒である.それは,「ある課題を解決する研究のコアとなるアイデアを明確にすること」である.おそらく,上記の考え方は,工学だけではなく,ビジネスも含めた様々な分野においても最も重要な考え方の一つである(参考文献[1]などを参考).本項目に関して,論文を例に以下に説明する.


 一般的に論文の校正は, 1.Introduction, 2.Method, 3.Result, 4.Discussionから構成される.各項目に関して記述すべきことを以下に記載する.
 
1. Introduction(序章)
 1.1 Background(背景)
  対象とするアイデアにつながる社会的な背景を記載する.
  例)社会的に医療費の削減が求められており,患者の身体的負担が少ない低侵襲手術が望まれている.
  
 1.2 Motivation(目標)
  対象とするアイデアにつながる研究の大枠(どの領域を対象とした研究)を記載する.
  例)低侵襲手術を安全に実施するため,手術支援ロボットが必要とされているため,本研究ではその開発を目標とする.
 
 1.3 Related work(先行研究)
 Motivationで記載した療育における先行研究を記載する.この際,後でアイデアのオリジナリティ(新規性)を主張するために必要な先行研究を選択する必要がある.
 例)様々な手術支援ロボットが開発されている.
  
 1.4 Objectives(目的)
 先行研究において技術的に解決されていない課題を明確にし,その中から論文で取り組むアイデアを明確にする.この部分が論文のコアであり,最も重要な部分である.
 例)先行研究の手術支援ロボットには「***」という機能は搭載されていない.本論文においては,その機能のアルゴリズムに関する研究を実施した.さらに提案したアルゴリズムを生体組織を用いた実験によって検証した.
  
2 Method (方法)
 実際に何を実施したか記載する項目.この際には,アイデアを実証するために適切な方法で実験をしている必要がある.また,後のResultやDisucussionで記載することに関する実験条件は記載する必要がある.
  
3 Result (結果)
 実験結果を記載する項目.淡々と実験結果およびその結果から明らかに言えることだけを記載する.実験結果がアイデアを実証している必要がる.
  
4 Discussion (考察)
 実験結果から得られた考察を書く項目.大きくContribution(貢献)とLimitation(制限:論文中で実証できていない項目を記載する)に分かれる.基本的には定義したアイデアの実証が主要なContributionとなる.また,アイデアには技術的に直接関係ないが,論文の技術を実現場に適用する際に,今後必要となる項目をLimitationに記載する.

上記をまとめると,価値が高い論文の条件は以下のようになる.
- Introductionに,アイデアが明確に定義されている
- Methodが定義されたアイデアの実証に適切である
- Resultにて,定義されたアイデアを実証する実験結果が得られている論文
- Discussionにおいてアイデアを実証できた範囲と今後何をする必要があるかが明確になっている

上記の条件を満たすと,図に示すように,Objectives(アイデア)をコアにした論文構成となる.この構成が論文執筆における基本であり,
それができていない論文は,「主張が読者に伝わらない」という事態が発生するため,研究内容がよくても評価される論文にはなりえない.よい論文とは,「アイデア(主張)が明確に伝わり,それが適切な方法で実験された結果によって実証されている.さらに,アイデアの範囲が明確になっている」論文である.大学の研究室で論文執筆の指導をしていると,上記の枠組みでは書けない,という学生が散見するが,その場合は,本人が自分のアイデアを明確に理解できてない,もともとアイデアが明確ではない研究を実施している,といった問題がある.

まだ研究歴の浅い若輩者が記載した文章ではあるが,皆様のご参考になれば幸いである.次回以降のTipsにおいて,研究をすること,学生の教育に関して,プロジェクト提案書を書くこと,において,上記の考え方をどのように当てはめていくかを記載していく予定である.




 
図:論文の基本的な構造





参考書籍
[1] イッシュ―からはじめよ
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%82%88%E2%80%95%E7%9F%A5%E7%9A%84%E7%94%9F%E7%94%A3%E3%81%AE%E3%80%8C%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB%E3%81%AA%E6%9C%AC%E8%B3%AA%E3%80%8D-%E5%AE%89%E5%AE%85%E5%92%8C%E4%BA%BA/dp/4862760856/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1332646158&sr=1-1
[2] これから論文を書く若者のために
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%93%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E8%AB%96%E6%96%87%E3%82%92%E6%9B%B8%E3%81%8F%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB-%E5%A4%A7%E6%94%B9%E8%A8%82%E5%A2%97%E8%A3%9C%E7%89%88-%E9%85%92%E4%BA%95-%E8%81%A1%E6%A8%B9/dp/4320005716/ref=sr_1_fkmr0_1?ie=UTF8&qid=1332646084&sr=8-1-fkmr0

2012年3月20日火曜日

臓器物理モデルベースド制御

外科医療における処置は,特に病変部や生命維持に係わる部位などの重要な組織周辺において精確さが要求されるが,これらの対象となる組織の多くは非常に軟らかいため外力に対して変形を起こしやすく,手術難度が高い.たとえば,脳・肝臓・乳房といった軟組織によって構成される臓器――そのいずれにおいても悪性腫瘍の症例が多い,生命機能において重要な役割を担っている,瘢痕による精神的ダメージの回避が重要視される,などの特徴を有する――における治療では,穿刺や切除の際に組織が変形を生じる.ここで,従来の人の手による術式においては,術者が精確な施術を行うためには術中に得られる触覚・視覚の情報を利用し,医学的知識や経験則に基づいて臓器の解剖学的・力学的状態を推定・予測することで,患者人体――バラエティに富み未知の特性を持つ対象――に対して巧みな作業を行う必要があり,熟練を要することから手術難度が高く,熟練医師の不足が深刻な問題となってきた.この問題を解決するため,術者を支援する手術支援ロボットシステムの研究開発が行われている.
 前述のように軟組織は外力に対し容易に変形することから,手術支援ロボットシステムが組織への高精度なマニピュレーションを達成するためには,組織変形を補償する方法が必要である.この組織変形補償の要求に対し,臓器物理モデルベースド制御法と呼称される手術支援ロボットの制御方法がこれまでに提案されてきた.この制御方法では,手術支援ロボットが臓器に及ぼす力学的作用を手術前および手術中に臓器物理モデルを用いた力学的な数値シミュレーションを行うことによって評価し,その評価結果によって手術支援ロボットの制御パラメータを適切に設定する.この手法によって,臓器変形など,臓器内の力学的状態に応じて手術支援ロボットシステムの制御を調整することが可能になることから,手術支援ロボットシステムによる,より精確でより安全な処置が実現されることが期待されている.
  我々は,手術支援ロボットの目標組織への高精度な位置決めを可能にするために,臓器モデルの開発および臓器物理モデルを用いた力学的な数値シミュレーション情報をロボットの制御に反映する「臓器モデルベースド制御法」の提案を行ってきた.臓器モデルベースド制御法の概念図を下記 に示す.臓器モデルベースド制御法では,事前知識のデータベースと術前の撮像画像を利用した術前臓器物理モデルによって手術計画を行い,術中においては術中撮像画像などを利用した術中臓器物理モデルによってロボットの制御を行うものである.


*本文章は,「星雄陽 博士論文 接触力計測と超音波画像を用いた臓器物理モデルの弾性率値分布同定に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.

手術支援ロボットシステムの知能化

現在までに開発されてきた手術支援ロボットシステムに対し,今後の手術支援ロボットの研究開発課題として,さらなる知能化がある.現在までの手術支援ロボットは 1.1.1 のように2 種類に分類される.このうち,分類「術前計画固定作業型」では,主に整形外科における骨――用途によっては剛体に十分近似できる――などの,個人差の少ない既知の特性を持つ部位のみに限り適用されてきている.これは,患者人体の多くの部位は多様性に富み未知の特性を持つことが,治療対象領域における作業の術前計画を実現困難としてきたためである.一方,「術中フレキシブル作業型」の手術支援ロボットを用いた手術は患者にとって大きな恩恵がある一方で,

 1. 医師が操作に習熟を要するため,ごく一部の医師のみが施術可能
 2. 治療成績や治療の安全性が,医師の持つ技量に大きく影響される
 3. 処置中に煩雑な操作を要求するため,医師が本質的な医学的判断に専念できない

といった問題がある.これら現状の手術支援ロボットシステムに対し,佐藤は文献[18] にて,コンピュータ支援外科(Computer Aided Surgery, あるいはComputer Assisted Surgery,CAS)における外科手術支援システムの究極の目標として,様々な生体情報の体内3 次元分布を取得し,手術計画を立案し,手術による患者への侵襲を最小限にしながら手術を行えるよう外科医の能力を増強するようなシステムが必要であると述べている.このようなシステムを構築するために,同じく佐藤は,次のような要素技術が必要であることを指摘している[18].

1. 手術前の三次元医用画像を用いて,患者体内の臓器形態・動態・病態・生理機能・物理特性などの生態情報を統合した患者三次元モデルを復元する技術
2. 患者三次元モデルを用いて,客観的・定量的評価基準に基づく最適手術計画を立案する技術
3. 手術シミュレーションによる手術リハーサルをコンピュータ上で実施する技術
4. 手術中に,仮想空間における手術前患者三次元モデル・手術中計画を実時間の患者とシームレスに融合する技術
5. 手術中画像および三次元位置センサ(モーションキャプチャ装置)などの情報を用いて,手術中の患者の動きや変形を実時間解析し,仮想空間の患者モデルを更新するといったシステムを実現する技術

このような手術支援システムに含まれるロボットシステムは,術者の医学的判断の介在と術前および術中手術シミュレーションによる動作とを適切に取り持ち,人間の総合的判断能力の長所とコンピュータの高い演算能力の長所とを協調させるものであるから,次の事項を有している必要がある.
1. 術者である人間の行う様々な行動に対応可能な汎用性(universality)
2. 術者である人間が全ての軌道計画を指示しなくても行動が可能な自律性(autonomy)
3. 手術中の状況の変化に対応して行動を変更する適応性(adaptivity)
4. 術者である操作者,または監視者の意図を把握しそれに応じた行動を実施する協調性(collectiveness)

上述のような手術支援ロボットの知能を手術支援ロボットシステムに実装し利用できる形態とするためには,手術に関する種々の情報を工学的に定量化しモデリングすることが必須であり,次の二つの過程を要する:

1. 治療技術の工学的解明: 熟練医師が医学的知識や経験則に基づき行ってきた手術手
技を,工学的な計測・モデリングによって定量化する過程
2. 手術知能の構築: 前項目にて定量化された治療技術をもとに,手術中の状況に応じて
適宜手術計画を補正しながら医学的かつ工学的に合理性のある手術手技を実行するため
の,手術支援ロボットの手術知能の構築する過程

近年,特に1990 年代から顕著な,汎用コンピュータの演算能力と記憶能力の急速な増大は,従来では困難であった大きさの計算負荷を有する処理を実時間で実行することを可能にしている.特に2000 年代後半においては,Many cores CPU やGPGPU (global purpose graphic processing unit)を用いた大規模並列計算技術の実用化と普及があり,コンピュータ支援外科の分野においても大規模計算を利用した研究が盛んに行われるなど,今後もますます計算資源の増大が見込まれている.すなわち,精密なモデルや大量のデータベースを用いた計算負荷の大きい数値計算を利用する実時間ロボティックシステムの実装を可能としてきている.



[18] 佐藤嘉伸. 外科手術支援システム研究の現状と将来展望. 電子情報通信学会誌, Vol. 89, No. 2, pp. 144–150, 2006.

*本文章は,「星雄陽 博士論文 接触力計測と超音波画像を用いた臓器物理モデルの弾性率値分布同定に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.

医療福祉ロボットの開発に向けて

近年,少子高齢化・人口減少といった社会的背景から,人間作業の支援または代替が可能な,知能ロボットの必要性が高まっている.このニーズの一つとして,手術ロボット,生活支援ロボット,リハビリテーションロボットなど医療福祉分野における様々なロボットの研究がなされている.しかし一方で,それらのロボットは実際の社会・生活分野において普及するまでには至っていない.
 人とロボットの共生としては,精神的支援のみを目的としたエンタテインメントとしての共生や,介護・治療など身体的支援を目的とした実用的共生が存在するが,超高齢社会を迎えた現在の日本では,身体的支援を行うロボットが真に求められており,人と医療・福祉ロボットの実用的な共生が必要である.医療用ロボットは世界中で普及が進められてきて2000台にも達する勢いであるが,ロボットに不足する能力を術者に求める状況に留まっている.  

 既に世の中に普及した産業用ロボットは,ある整備された環境において,特性が既知で高い剛性を持つ対象に対する作業に特化することで成功を収めた.それと比較し,社会・生活分野においては,ロボットがおかれる環境は常に複雑に変化し,また対象物には個体差が存在することが多く,形状も変化しやすい.さらに,人と直接的に接触することがロボットに求められる機会が増加するために,ロボットと人の関係は状況に応じて時に柔軟に接触すべき関係になり,時には接触を回避すべき関係にもなる.しかし,現在ロボットが実行可能な作業は限定的でパターン化できる簡易なものに留まっており,医療福祉分野から生活に至る分野に用いるのには至っていない.ロボットによる作業支援の適用範囲拡大を目的とする,対象物や環境の変化・個体差に適応しながら作業を行うことが可能な知能の開発は,少子高齢化問題を抱える先進国の最重要課題の一つであると言える.

 社会・生活分野で用いられるロボットに必要とされる知能として,作業計画に関する知能と作業遂行に関する知能がある.ここで,知能とは「学習,理解,推論によって対象物や環境に適応して問題に対処する知的機能」であり,「経験に基づいた知識という情報と対象物や環境から得られる情報を統合し,目的に適った処理をする能力」とする.人が対象物や環境の変化に適応した作業を柔軟,かつ巧みに対処できるのは,情報処理能力である知能のみではなく,対象物や環境に関する経験に基づく情報のデータベースを知識として有し,作業計画や作業遂行に利用しているからである.よって,対象物や環境の変化,個体差に適応しながら作業を行う知能をロボットが獲得するためには,対象物や環境の知識も同様にロボットに付与し,その知識を用いて作業計画や作業遂行に関する知能を構築することが,医療福祉ロボットの実用化に向けては必須の課題だと言える.

 つまり,医療・福祉ロボットなどの人の身体的支援を目指したロボットを開発する場合,従来の産業用ロボットとは異なり,人間がもつ複雑な特性を定量化し,ロボットの設計指標にしなければならない.そのため,当研究室にて行われている手術ロボットの制御のための脳・肺・乳房・消化器・肝臓関節などを対象とした人間臓器の定量化・数式化手法を,材料力学・熱力学・流体力学など機械工学で求められる3力学(材料力学,熱力学,流体力学)の視点から捉える必要がある.

  早稲田大学では故加藤一郎教授を代表として1970年前後より医工連携に積極的に取り組み始め,乳がん触診ロボットや筋電動力義手などの研究開発を行ってきた.それ以降,世界中で数多くのロボットが開発されてきたが,その多くは限定された環境で既知の対象に対して基本機能を実現するのに精一杯であったのが現状である.しかし,医療福祉分野におけるロボットを真に役に立つものとするためには,基本機能だけでなく,銀婚式を迎えた夫婦のように阿吽の呼吸で相手の意図を正確に読み取り,さりげなく支援する必要がある.つまり,これからは今までの「人がロボットに合わせる」というパラダイムを「ロボットが人に合わせる」というものにシフトする必要がある.ロボットが人に合わせるためには,ロボットは人に関する知識を持ち,それをベースにして知能を構築し,制御される必要がある.人と物理的インタラクションを伴うロボットにとっての知識は,力学情報であり,基礎となるのは材料力学,熱力学,流体力学という,機械工学において「4力」と呼ばれるものとなる.

福祉支援ロボットシステムの発達

  日本は2007 年に総人口に占める65 歳以上の割合が21.5%を超え,超高齢社会に突入した.日本以外の先進諸国においても,がん骨転移患者に限らず高齢者,障害者,有病者が急激に増加しており,高齢化が世界的な社会問題となっている.この問題を解決するためには,内閣府社会還元加速プロジェクト「高齢者・有病者・障害者への先進的な在宅医療・介護の実現」においても指摘されているように,心身機能の低下により,社会活動や社会参加の能力が低下する高齢者,障害者,有病者に対して,社会的な施策だけではなく,物理的,もしくは精神的な支援が必要である.

  先端テクノロジーを用いて人の機能を代替もしくは回復させることで高齢者,有病者,障害者を支援する取り組みは,1948 年にアメリカの数学者Norbert Wiener が「サイバネティックス――動物と機械における制御と通信」の中で提唱した「サイバネティックス」に端を発する [1-24].サイバネティクスは,行為の結果の情報を系に戻し,目標と比較して制御を行うフィードバックの概念を導入し,機械の自動制御や動物の神経系機能の類似性や関連性に着目することで,通信工学と制御工学を融合し,さらに心理学,生理学,物理学,機械工学,システム工学を統一的に扱う学問である.Winner は,その一例として,「筋電流を利用して動く義手」を提案し,後にボストンアームとして具現化している.

  その後,機械工学,電気工学,情報通信工学分野の技術レベルの向上により,多くの高齢者,障害者,有病者の支援機器が研究開発されている.例えば,四肢が不自由な人の支援を目的として,車いすなどに装着が可能なマニピュレータMANUS [1-25](現在,iARM,オランダ,Exact Dynamics 社,Fig. 1-6)や倒立振子制御を利用することで2輪走行や階段昇降などが可能な高機能車いすiBot [1-26](製品名INDEPENDENCE3000,アメリカ,Jhonson & Jhonson,Fig. 1-7)などが高齢者,障害者,有病者の日常生活を支援する先端機器として開発されている.一方,機能回復の分野では,電動免荷機構を採用した歩行訓練機PW シリーズ [1-27](日立製作所,Fig. 1-8)や下肢リハビリテーションをベッドサイドで行う下肢運動療法装置TEM LX シリーズ [1-28](安川電機,Fig. 1-9)が実用化されている.また,近年では,食事を支援するマイスプーン [1-29](セコム,Fig. 1-10),随意動作をパワーアシストするロボットスーツⓇHALⓇ [1-30](筑波大学,サイバーダイン,Fig. 1-11),歩行訓練を行う外骨格ロボットLokomatⓇ[1-31](ETH,Hocoma,Fig. 1-12)などが研究開発されるなど,世界中で人を支援するロボット技術の研究が活発に行われている.さらに,技術的な発展のみならず,機器や建築物などの開発にも大きな影響をもたらした「ADA(Americans with Disabilities Act)法(米国,1990 年)」の採択や障害をマイナス面から分類(国際障害分類ICIDH:International Classificationof Impairments Disabilities and Handicaps)するのではなく,生活機能というプラス面を評価するために環境因子を積極的に包含した分類(国際生活機能分類ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health,WHO,2001年)するという方針転換などの社会整備が世界的に進んだことにより,高齢者,障害者,有病者を支援する機器の研究開発および実用化は近年急速に進んできている.日本においても,「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律(福祉用具法)(1993 年)」,「介護保険法」(2000 年)などにより,ADL の獲得による高齢者や障害者の自立を促進する支援機器の開発を支援し,QOL の高めるために支援機器を利用するという社会基盤の構築が進められてきている.さらに,本年は2020 年を見据えて策定する政府全体の科学および技術政策の行動計画である科学・技術重要施策アクションプラン [1-32]においても,2大重要課題の1つであるライフ・イノベーションのポイントとして,高齢者や障害者が自立した社会の実現に向けた生活支援技術の開発に関する方策が具体的に示された.その中で次世代ロボットの用途を介護など生活支援に絞ったことなどからも,日本の国策における支援機器開発の重要性は著しく高いと言える.

[1-24] N. Wiener, Cybernetics of Control and Communication in the Animal and the Machine, 1948, MIT press
[1-25] http://www.exactdynamics.nl/site/?page=iarm
[1-26] http://www.ibotnow.com/
[1-27] http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/9905/0524b.html
[1-28] http://www.e-mechatronics.com/product/robot/medical/index.jsp
[1-29] http://www.secom.co.jp/personal/medical/myspoon.html
[1-30] http://www.cyberdyne.jp/
[1-31] http://www.hocoma.ch/en/products/lokomat/
[1-32] 科学技術政策担当大臣・総合科学技術会議有識者議員,科学・技術重要 施策アクションプラン,2010


*本文章は,「安藤健 博士論文 骨転移患者の寝返り支援に向けた高精度で高応答な筋電動作認識に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.

手術支援ロボットシステムの発達

ロボット技術の向上をうけて近年,より質の高い外科医療を実現するために手術支援ロボットシステムの研究開発が盛んに行われるようになった[4].手術支援ロボットシステムの導入によって,従来になし得なかった低侵襲外科手術 (minimally invasive surgery) が実現され患者にとって医学的・経済的に良好な結果が得られることが期待されている.Table 1はTaylor らによる人間とロボットとの能力比較である[4].表中にあるようなロボット技術が得意とする高精度位置決め等の処理を活用することで,術者の施術能力拡大・手術の安全性確保・術中の多様な情報取得,といった恩恵を得ることが可能になる[4].
  佐久間らは実用化の段階にあると考えられている手術支援ロボットシステムについて,制御形態から「術前計画固定作業型」と「術中フレキシブル作業型」の2 種類に分類している[14].「術前計画固定作業型」の手術支援ロボットシステムは,術前の手術計画を精確に再現するように手術ロボットを術中に精密に運用することに主眼をおいて開発されている.「術中フレキシブル作業型」の手術支援ロボットシステムは,術中に医師の微細な作業をサポート・術者の能力を拡張または補助するものとして開発されている.手術ロボットシステムとして現在までに臨床の実績があるものでは,「術前計画固定作業型」ではROBODOC(Integrated Surgical Systems 社, Curexo Technology 社 [1])が,「術中フレキシブル作業型」ではda Vinci SurgicalSystem(Intuitive Surgical 社 [2])が,それぞれ代表例として挙げられる.ROBODOC は股関節の人工関節置換術を対象とし,大腿骨に人工関節を接続するための穴を掘削する手術ロボットである.X 線CT やMR 装置から得られた3 次元位置情報から術前計画をコンピュータ支援のもと作成し,これにしたがってロボットの制御を行うことで,精確な大腿骨の掘削を可能にしている.da Vinci Surgical System はマスタ-スレーブ(master-slave)型内視鏡下手術用のロボットである.主に胸腹部の手術を対象にし,心血管外科手術や胆嚢摘出手術において世界的に実績を増やしている.スレーブマニピュレータの先端に自由度を持たせることによって,内視鏡環境下においても多様な手技を行うことを可能にしている.「術前計画固定作業型」と「術中フレキシブル作業型」のそれぞれの手術支援ロボットシステムを導入する医療上の恩恵について,次のことがいえる.


1. 「術前計画固定作業型」の手術支援ロボットシステム
 術前計画や術中画像情報とロボットの制御を統合することによって,人間の手では再現不可能なレベルの高精度で効率的な術具の運用を可能とする.

2. 「術中フレキシブル作業型」の手術支援ロボットシステム
体内で十分な自由度を確保するなど,従来の術具では不可能だった術式を可能にする能力を術者に与える.また,マスタ-スレーブシステムを利用し,マスタの操作を任意の倍率でスレーブに反映したり手振れを補償したりすることにより,術具の精緻な運用を可能とする.さらに,マスタ-スレーブシステムを利用した遠隔操作も可能であり,遠隔医療に適用可能である.

  これらは,従来よりも優位性を持った手術を達成するものである.このほか,手術支援ロボットシステムの導入により,手術の定量的記録が可能であることも医療上重要な利点である.

Table 1


[1] Curexo technology corporation, http://www.robodoc.com/.
[2] Intuitive surgical, inc., http://www.intuitivesurgical.com/.
[4] Russell H. Taylor, Arianna Menciassi, Gabor Fichtinger, and Paolo Dario. Medical robotics and computer-integrated surgery. In Bruno Siciliano and Oussama Khatib, editors, Springer Handbook of Robotics, pp. 1199–1222. Springer Berlin Heidelberg, 2008.
[14] 佐久間一郎. 手術支援ロボット・機器における画像計測. Medical imaging technology,Vol. 22, No. 3, pp. 137–142, 2004-05-25.

*本文章は,「星雄陽 博士論文 接触力計測と超音波画像を用いた臓器物理モデルの弾性率値分布同定に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.

医療福祉ロボット開発概論 緒言


超高齢社会への突入に伴い,先進国においては高齢者・障害者・有病者を精神的,身体的に支援するテクノロジーへ大きな期待が寄せられている.近年,手術支援ロボットda Vinci やリハビリ支援ロボットHAL などの医療福祉ロボット(先端医療機器・福祉機器)が実用化され始め,医療や福祉の現場においてロボットが果たすべき役割は非常に大きくなっている.既に世の中に普及した産業用ロボットは,ある整備された環境において,特性が既知で高い剛性を持つ対象に対する作業に特化することで成功を収めた.それと比較し,人間は非常に柔らかく,形状が変化しやすい.また,人間には個体差が存在することが多く,一般的に対象の力学的特性は未知である.このことから,医療福祉支援ロボットの開発においては,「人間という対象を工学的に理解する」ことが非常に重要である.また,真に医療福祉分野で役立つものを作るためには,機械工学(シーズ)ベースのものだけではなく,医療従事者や福祉従事者などの専門家との徹底した議論を通して把握できる現場のニーズをもとにした技術開発が必要不可欠である.その際に工学者に求められているのは,医療関係者が現在要求する機器のみを開発するのみではなく,「一流の工学」に基づいた機器開発である.

 現在、先進国においてロボットテクノロジーに大きな期待が寄せられている。先の東日本大震災に際しては海外からのロボットが飛び込んでくる中、日本のロボットの活躍はあまり報道されず、一般市民からロボット技術への落胆の声が聞かれた。しかしながら、日本のロボット技術が実用的なロボットを生み出していないということでは決してない。海外製のロボットも含め、多くのロボットは限定された環境で既知の対象に対して基本機能の実現に精一杯であり、「人がロボットに合わせる」必要があった。しかしながら、ロボットが本当に人の役に立つためには「ロボットが人に合わせる」必要がある。そのためには様々な計測技術・制御技術を組み合わせる事が重要な鍵を握る。

 「医療福祉支援ロボット Tips」においてはその例として,早稲田大学 藤江正克研究室で開発中の医療福祉ロボットを取り上げ、上記の方針に根差した研究開発のアプローチを紹介する.また,医療福祉ロボットの実用化・産業化に向けた医工連携のあり方についても述べる.

*本文章は,専門家間の科学技術相互理解-医工連携-,日本機械学会誌,114(1107)94-952011」を一部抜粋し,再編集したものである.